海外勤務者の税務上の留意点
企業のグローバル展開に伴い、従業員を海外勤務させる機会が増加しています。これに伴い、海外勤務者の税務上の取り扱いについての理解が不可欠です。本稿では、納税義務者の判定、所得の国内源泉性、給与の支給方法、183日ルール、納税管理人、社会保険協定など、実務上重要な論点を体系的に解説します。
1. 納税義務者の判定
日本の所得税法では、居住者・非居住者の区分により納税義務の範囲が異なります。
(1) 判定手順
- 住所または居所の有無
- 日本に「住所」がある者は原則として居住者とされます。
- 明確な住所がない場合でも、引き続き1年以上「居所」があれば居住者とされます。
- 期間要件と帰国の有無
- 1年以上の海外勤務でかつ生活の本拠が海外に移る場合、日本の居住者でなくなる(非居住者)と判断されることが多いです。
(2) 住所推定規定(所得税法施行令第14条)
以下のような事情があると、「住所がある」と推定される場合があります:
- 日本国内に配偶者や扶養親族が居住している
- 日本に住宅が残されている
- 日本の銀行口座を主要収入源として使用している
(3) 双方居住者の場合の取扱い
日本と派遣先国双方で「居住者」と判断されることもあります。その場合、租税条約に基づく「タイブレークルール(tie-break rule)」に従い、以下の順で判断されます:
- 恒久的住居の所在国
- 経済的・人的結びつきの強い国(生活の本拠)
- 滞在日数
- 両国政府の協議による解決
2. 所得の国内源泉性の判断
非居住者になったとしても、日本国内源泉所得があれば日本で課税されます。
(1) 原則的取扱い
給与については、次の要件で国内源泉所得か否かを判断します:
- 勤務の対価が日本国内での労務に対応する場合 → 日本国内源泉所得
- 勤務の場所が国外のみである場合 → 原則として国外源泉所得
(2) 役員の例外
非居住者であっても、日本法人の役員報酬はその全額が日本国内源泉所得とされるのが原則です(所得税基本通達第161条の4第3項)。
3. 給与の支給方法と較差補填金等
(1) 給与支給方法
- 日本本社から支給
- 派遣先現地法人から支給
- 両者併用型
課税関係は支給元だけでなく、「勤務の場所」「費用負担者」等も考慮して判断されます。
(2) 較差補填金(Cost of Living Allowance: COLA)
物価差・生活環境の違いを調整するために支給される補填金は、原則として給与課税の対象です。
(3) 海外勤務に伴う費用(社宅、子女教育、引越費用など)
一定の要件を満たす場合は非課税となるものもありますが、全額非課税とは限らず、実費精算や合理的基準が求められます。
4. 納税方法の確認と183日ルール
(1) 183日ルールの概要
多くの租税条約では「183日ルール」に基づき、派遣先国に滞在が183日以内かつ給与の支払者が派遣国にある場合、派遣先国での課税を回避できます。
ただし、以下の3要件全てを満たす必要があります:
- 派遣先国内に183日を超えて滞在しないこと
- 給与が派遣元国の法人等から支払われていること
- 給与の費用が派遣先国内の常設施設等から負担されていないこと
(2) 日本での申告と納税
- 居住者の場合:全世界所得について確定申告(国外給与も含む)
- 非居住者の場合:日本国内源泉所得について申告(必要に応じて源泉徴収)
5. 納税管理人制度と社会保険協定
(1) 納税管理人
非居住者となる場合、所得が継続的に日本国内に発生する場合(例:家賃収入、役員報酬等)、納税管理人の届出が必要です(所得税法第117条)。
納税管理人は、申告・納税・税務署とのやり取りを代行します。日本国内の親族や専門家が指定されるケースが多いです。
(2) 社会保険協定(社会保障協定)
日系企業が海外へ派遣する従業員について、二重加入(日本・現地両国の年金等)を回避するために「社会保障協定」が結ばれています。
- 協定国に1~5年以内の短期派遣の場合、日本側の保険制度のみ加入が認められます。
- 協定の有無、証明書(適用証明書)取得が必要です。